廃線跡を探る旅 #015
The trip for abolished railroads #015

 鉄 道 会 社  路 線 名  廃止年月  調 査 区 間  訪問年月
近畿日本鉄道 東信貴鋼索線
1983/09
信貴山→信貴山下
2017/12
信貴山の東側斜面…奈良県側に存在したケーブルカー。私にはこっちの方が馴染みが深いんですよ。 




2017年12月に行った信貴山の続きです。

信貴山急行電鉄山上線の廃線跡をバスで辿った後、信貴山門バス停
から山頂付近の平地朝護孫子寺の門前町を抜けて東側の斜面へと
移動してきました。

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大門ダムというソレのダム湖に掛かる開運橋に、このようなモノがあり
ました。…関西で唯一バンジージャンプだそうな。
興味はあるのですが、1人でやっても盛り上がらないし、見渡したけど
係の人居るワケでもナイし、いやー残念です(嘘)

ともあれ東信貴鋼索線ですが、ソノ名の通り信貴山の東側にあった
ケーブルカーの路線です。

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奈良県人の私としては、信貴山に登るとすれば「こっち側から」
なので、小学校の遠足でも乗車経験があるモノなのですが、やはり
全体的な客数では大阪方向勝てず、ずっと赤字だったそうな。

尚且つ宅地開発邪魔になるという事で、1983年を以て廃止された
ものの、廃線跡の一部がハイキングコースとして残ってるという事を
聞いてきました。

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ケーブルカー終点だった信貴山駅は、建物がそのまま残ってます
…コレは子供の頃に見たままだし、以後も何度か通ってるから間違い
ありません

建物を正面から見て、左側行き止まり巻き上げ機の施設があり、
右側が山を下る信貴山下駅の方向でした。

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駅舎の建物は現在、バスの待合所として使われています。一般的に
最もありがち再利用の方法でしょう。

運賃表示のあるコレは、恐らく電照式の発車案内かと思われます。
そして、窓口などは板で塞がれてますが、カウンターが残ってました。

余談ですが昔は信貴山口−高安山信貴山信貴山信貴山下
似たような駅名が並んでたワケで、混乱は無かったのかしらね?

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 左が駅舎の裏側と言うか、ホーム側からの見た目です。
…元はケーブルカーなので、歩道化してる部分斜面のままなのが
分かりますでしょうか?実際は階段状のホームだった筈ですね。

改札付近の柱に「危険物持込みお断り」という表示があります。
当然にコレは元々ケーブルカー…鉄道車両に対してのハナシだった
筈ですが、バスとて条件は同じだから、使い回しもOKって事?

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駅舎内の「近鉄沿線ご案内」は、廃止された1983年当時のままなので、
まずけいはんな線ありません。そして現在は第三セクター化、又は
他社に譲渡された三重から岐阜にかけての各ローカル線健在です。

営業キロとして最盛期の感じでしょう。
…私が子供の頃の状況ピッタリなので、懐かしく見てしまいましたよ。

もう少し頑張れば南海の汐見橋駅みたいな「ネタ扱い」になる可能性
もありますね。是非ともソレまだ耐えて欲しいもんですが。

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では駅舎見学コノ程度にして、いよいよ廃線跡ハイキングコース
と入ってみましょう。
…貰って来た地図によると、営業キロと同じ1.7kmを17分となっています。

下り坂だから普通に歩くより早いという計算かな?適度に止まって写真
撮ったりしてても30分あれば余裕だろうと読みました。

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駅舎の建物そのままで、元は線路だった所を道路(バスロータリー)
してあるから、カナリ土地を嵩上げしてあるのが分かります。

…しかしまぁ落石倒木イノシシマムシスズメバチ毒キノコ…と
このハイキングコースは色んなモノが出るんですね。私としては
「いかにも鉄道」な遺構が出れば最高なんですが、どうなります事やら?

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…数々の脅しアイテムが書いてあった割には、穏やかで歩きやすい道
のように感じます。
地面に立った状態と、車両に乗ってる感じ(しかも40年近く前)では感覚
が違うのでしょうが、ケーブルカーが通ってたにしては狭い感じか?

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何メートルか置きに等間隔で出てくるのは架線柱の跡
用途不明の、恐らくカランカランと鳴る金属棒が取り付けてあります。

道の脇に廃レールが放置されてました。
いかにもケーブルカー用と言うか低規格の軌道に使う感じの小断面の
レール
ですが、コレとて再利用する方法はあるでしょうに。

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暫く行くと小さな橋梁が出てきました。ウロ覚えの記憶ですが、そう
言えばあったような?…恐らくケーブルカーのガーター橋に、そのまま
コンクリート製の橋桁載せただけかと思われます。

斜面ギリギリまで頑張って覗いてみるに、古い橋脚もそのままでした。
…まぁ人が歩くだけの加重耐えればイイのでしょう。

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途中に幾つか、ビーチパラソルだけの簡単な休憩スペースがあります。
うちわが標準装備されてますので、夏場には便利な存在でしょう。

そして架線柱を見上げてみると、架線を吊るす横棒の跡がしっかり
残ってるのが確認出来ました。…こういうのは非常に楽しいですね。

近鉄単線区間でも概ね2本脚(…線路の両側で構えるタイプ)のが
多いのですが、ココは進行方向の左側しか出てこないんですよ。

1本脚タイプだったのか、反対側は抜いてしまったのか(ソレも面倒
な話ですが)?今となってはもう覚えてナイですね。

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ハイキングコースとして整備されたもの廃止直後の事だったと記憶して
おります。…廃線から30年以上が経ち、ソレの設備も年季が入ってる
感じなんですが。

比較的平坦な箇所ブロックタイルで舗装されてます。そして勾配部分
枕木による階段。…まぁ元々が線路なので、ソノ場にある枕木を流用
すれば工事はラクだったかも知れません。

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架線柱に、近鉄の財産票辛うじて残ってるモノが幾つか見られます。
…土地は廃線後に、恐らくは自治体に譲渡されたのだと思われますが、
カナリ乱暴に外した結果なのでしょう。ソレが面白いんですがね。

線路脇の竹藪私有地だという事で、しっかりガードが為されてます。
…季節によってはタケノコ泥棒とか居るのかも知れませんな。

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途中、明らかに車両の幅より狭くなってる箇所がありました。…法面を
保護してある金属製の部品まだ新しそうな感じなので、最近になって
崩落でもあったのか?

そしてカナリ大規模な桜並木が出てきます。道サイズと比較するに、
どう考えてもケーブルカーの通過は無理。…廃線後の整備でしょう。

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由来を示した看板がありましたね。平成4年だから、廃線後約10年
経って植えられた感じかな?勿論、花が咲くまでの樹に育つにも時間
が要る事でしょう。春に来てたらイイ眺めだったと思われます。

そんな感じで山を下ってる筈なのに、何故か上り階段が出てきて自動車
の走行音が聞こえてきました。…ハイキングコースとしてはココで終わり
のようですね。
桜並木のトンネル(季節的にハズレですが)を抜けて上り階段を上がると、
車道に出ました。

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ハイキングコースとしてはココで終了(又はココからスタート)のようです。
…目の前に学校らしき建物が見えますね。

奈良県立西和清陵高校と言います。…私の記憶ではココにあったのは
同じ奈良県立ですが信貴ケ丘高校というのじゃなかったかな?

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開校1986年…私が高校に入学する2年前だから、当時としては最新
新設校でした。この頃は生徒数が多くて学校も増やす傾向だったん
ですよ(人気の学校は競争率が高くて受験とか大変だったな)。

ソレが近年の少子化で、2004年に少し南にある上牧高校と合併して、
現在の名前になったようですね。

…上記の通り信貴ケ丘高校開校1986年だから、東信貴鋼索線
廃止3年後という事になります。

廃線跡はこの学校の校内を突っ切って行く格好になり、尚且つケーブル
カー上下交換地点がこの校門付近にあった事になるようです。

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…流石に知らない学校敷地内無断で入るワケにも行かず、入った
所で恐らく土地の高低差が出来てるから、そのまま出れる保証はあり
ません
。ココは迂回して道路を下る事にしましょう。

電柱と電話ボックス垂直だとすれば、道路の傾斜の程度が分かると
思います。…ケーブルカーにしてはユルいか?斜面の下半分の事だし、
道路化の時に曲線を付けて緩和されたフシもありますね。

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このカーブから先が、廃線跡に戻る感じでしょう。過ぎると真下に終点の
信貴山下駅
が見えました。…ケーブルカーだから一直線ですね。
距離にしたら1km足らずかな?実際に生徒さんが歩いてるのが見えます。

バスも走ってるようですが、高校生の体力なら怪我病気ない限り
コノ程度は毎日歩いても平気でしょう。
という事で、間もなく廃線跡巡り終点信貴山下駅に到着です。

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本体は生駒王寺を結ぶ近鉄生駒線の駅です。昔はホントにローカル線
でしか無かったのに、沿線の宅地開発が進んで、「どっちへ出ても大阪
行き易い
」感じの通勤路線に変わってしまいましたね。…しかし一部区間
単線のままです。

周辺は信貴ケ丘という住宅地になってます。…地図で見ると平面ですが
実際はカナリの凹凸と高低差がある土地ですよ。

そして地図の一番左端の道路が、ケーブルカー廃線跡に当たります。

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帰りの電車待ち方々、駅に入って色々と観察してみる事にします。

…読みは「しぎさんした」微かな記憶では、ケーブルカーは鉄道線
対して垂直
に配置されてましたので、点字ブロックがある位置の延長上
ホームがあった感じになりますか。

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ケーブルカーは無くなっても、奈良県
から信貴山への登山口である事に
変りはナイので「ようこそ信貴山へ」
の文字があります。

…本数は少ないですがバスがあるのと、
バス道路ハイキングコースを足して
直線距離
にすれば2km程度なので、
最初から歩く気なら充分に歩ける感じ
でしょうか?

…そして常駐はありませんが、呼べばタクシーも来る環境でしょう。

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やはりココにもモニュメント的に、ケーブルカーの車輪と制御器などが
残されています。

…開通は1922年日本で3番目に古いケーブルカーだったようですね。
つまりは大阪側西信貴鋼索線より古いって事で、最初は信貴山への
参詣客「こっち回り」で行ってたという事なんですね。

そしてカナリ色褪せてるものの、当時の写真が残ってました。…モール
などで飾られてるので「さよなら運転」の時だと思われます。

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ケーブルカーってのは、山をかき分けるように登っていく路線が多い
のですが、この写真は平行する道路から撮ってますよね。

改めて、下って来た廃線跡の道路を見直してみるに、2車線の広いやつ
の隣に、生垣で仕切った狭い道路が平行しています。…コレが元々の
住宅地の端っこだったワケだな。

ぃゃ、遠足で乗った時は1両に1学年全部…120人ぐらいで乗ったから
通勤電車並みの混み方で、外なんか見えなかったんです。

そんな感じで、子供の頃に乗った辛うじての記憶があり路線、尚且つ
普段は断片的に近くを通るだけで、総合的に意識した事のなかった
東信貴
鋼索線ですが、色々と再確認出来て面白い旅でした。



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