2017年6月、色々と複合的に計画して広島〜山口の旅に行きました。
旅の予定としては、まずこの春に伸びた可部線の新規区間の乗り潰し
と、ソノ先にある廃止区間(コノ辺の関係が複雑なのですが…)にある
保存施設の探索。
そして翌日、瀬戸内海の祝島という所での猫ヨシヨシと…一気に回って
しまおうという計画なんです(※祝島の猫ヨシヨシは空振りだった)。
今回は広島駅からレンタカーです。
…可部線の奥地はバスでは不便な
所だし、奈良からの距離を考えて
「広島駅からレンタカー」というのは
以前から考えてた案でした。
私は「可能な限り日産車」なので、
今回はデイズ。…旅先では軽自動車
が多いのですが、普段はモコばっかり
なので、ちょっと目新しいですね。
よく分かりませんが軽自動車の中ではスポーティな印象なのか?
加速が良くて高速道路も楽に走る感じでした。
借りるのは10時〜18時の8時間の予定です。早く終わればソレでいいし
どっち道、私の旅は毎度「暗くなったら終了」なので。
イメージとしては可部線の伸びた区間に乗り、ソノ先にある加計駅跡地
と国鉄2万キロ達成の記念碑などを見たいのです。
同線の可部〜三段峡は2003年に廃止されたのですが、一部の駅など
は現在でも残ってる。場所によっては、ソレ以上に色々と見れるかも
知れない…というハナシなので、思い付く限り回ってみようという
趣旨なのです。
そんな感じで広島の市街地から30km程度走って、まずは安野駅の跡地
へと向かいます。
安野駅は加計方面へ向かう県道から少し反れた所にあり、現在は「安野
花の駅公園」という名称になってるようですね。…標識に従って左折。
程なくして低いガーター橋をくぐります。…コレだけ見てると、現役の鉄道
路線と何ら変わりがナイようにすら見えますが。
更に進んだ所から公園の敷地になるようで、線路も一部残ってました。
…しかしコレでは樹やベンチが近すぎて、車両限界として危険でしょう。
「もぅ列車は走らない」という事が伺えます。
という事で駅前に到着。コンクリート製の駅舎は完全に残っており、どぅ
見ても普通のローカル駅の風景ですよね。
駅名看板の字体は、国鉄時代によく見られた感じのフォントです。
…可部線は元々横川から可部までの電化した私鉄だったのが、昭和
11年に国有化され、更に戦後になって段階的に延長されて、最終的
にはカナリ奥地の三段峡まで達した路線です。…最終的には山を越え、
日本海側の浜田まで行きたかったらしいですが。
安野駅は昭和29年に、加計まで延長された時に新設された駅です。
一応、駅前には商店などもあるのですが、人家は少なそうですよね。
廃止が2003年…平成15年だから14年前ですか。カナリ経ってはいる
ものの、残ってる時刻表などは現在と同じタイプなので、ソレほど古く
感じません。
ではまず、この安野駅から可部線跡地の探索を始める事にしましょう。
まずは駅舎内から見ておりますが…
現役当時は「桜の名所」な駅だったようです。まぁ今でも季節によっては
同じような風景が見られるのかも知れません。
カナリ色褪せてはおりますが、当時の写真が何枚も飾られておりました。
…廃止から14年とは言いますが、写ってる車両が「今でもこんな感じ」
なので、さほど古くは感じないんですよね。
書き込みの頻度が少ないながら、駅ノートも
存在します。
カラクリはよく分かりませんが、 次のページを
めくると5年ぐらい日付が飛んでたりしました。
…最近駅ノート関係の方々とのお付き合いも
始まりましたので、興味を持って見てみますが、
私はまだがっつり絵を描けるほどの技術が
ナイので、書き込みを適当に見てみましょう。
イラストは少ないですね。…私が知ってる絵師
さんたちは進出してない模様。
ぇ、ココにも猫が居たの?
…調べたら有人駅時代は駅長が猫を
飼ってて、ソレに伴って野良猫も集まり
結構な「猫の駅」だったそうな。
ココは廃線の際に、関係者の活動で
みんな里親が決まったそうですが…
もっと早くに知ってれば猫ヨシヨシに
来れたのに残念。
…最近ホントに空振りが多いです。
味のあるコンクリート製のラッチから外へ出ると、ホームには今到着した
ばかりの感じで気動車が停まっておりました。
…ホームを含む元の駅構内と、ソノ周辺の桜並木がマトメて公園として
整備されてる感じですね。
なるべく人が入らないように撮ってますが日曜だったので、子供連れの
お母さんとか、サイクリングに来たグループなどでソコソコ賑わってます。
警報機が保存されている(一般道路仕様のを移設した?)構内踏切を
渡ると、右のような風景です。…メインであろう桜は季節外れですが、
ツツジが満開の季節でした。
では続いて、保存されている気動車を詳しく見て行きましょう。
形式はキハ58型。
…言わずと知れた、国鉄のベストセラー急行型気動車ですね。
晩年はローカル線の普通列車にも使われてましたし、可部線に居ても
不思議はナイ。塗装はコノ地区のオリジナルである「広島色」です。
中国地方(ってかJR西日本の広島支社)では最近、テールランプに
クリアレンズを採用する風潮なので、ソレに替わる前に廃車になった
のでしょう。…視認性が良いらしいが、白内障みたい違和感あります。
554号車だから、長大編成にも対応出来るようにマイナーチェンジ
された第2次世代の車両という事になりますか。
昔は気動車急行でも、併結列車で12両編成とか当たり前だったわな。
旧安野駅は、ホームの屋根やベンチ、駅名標などもそのまま残されて
いますので、画角の切り方によっては現役の駅と車両にすら見えます。
…片運転台車だから、後から見ると些か不自然か?まぁ仕方ナイ。
こちらの車両も扉が施錠されてるので車内には入れないのですが、
見える位置に吊るしてある案内書きによると、1時間あたり1,000円
で貸切利用が出来るようです。
車内は前半分がアコモ改造されたクロスシート(写り込みが激しくて
画像ナシ)ですが、後ろ半分はお座敷列車のように和室に改造されて
おりました。
ホームに設置されたコンセントから、車内の電源が取れれてるようです。
…しかしコレ、どんな使い道があるんでしょうね?
桜のシーズンに窓を全開にしてお花見するとか鉄道模型を持ち込んで
運転会をするとか?
…是非とも使用実績を知りたい所ですが、調べても出てきませんわ。
ともあれ、山中の田舎町に急に現れた現役当時そのままの駅舎と車両
に歓喜しつつ安野駅の取材を終えて、更に奥地へと進む事にしましょう。
路線は概ね、最終的に広島市に達する太田川に沿って走ってたようで、
途中に何箇所かの鉄橋が存在しますが、…殆どがそのまま残されてる
感じです。解体するにもカネが掛かるから、荒れるに任せてるのか?
ナビに従って脇道へ入ります。ココは廃線跡を転用した道路でしょう。
…コノ辺りに以前は坪野駅という駅が
あったのですが、現在は駅舎もホーム
も残ってナイという事で、ソレを示す
標識だけが建っておりました。
その坪野駅の西方500m辺りの地点に
次の目的地があるのです。
Wikipediaで元の坪野駅の住所を調べ、
ストリートビューで周辺の道路を見て
大体の位置関係は調べて来ましたが。
ぁ、コレですね。向かって左側の、車が停まってる道路が廃線跡。
写ってませんが右側には集落内へ続く元からの道路があり、廃線後に
ソノ分岐点となった真ん中に、盛り土をして石碑が置かれています。
説明書きにもある通り、昭和29年に可部線
が加計まで延長された時に、国鉄の全営業
キロが2万キロを突破したと…ソレを記念
した石碑です。
元は線路脇にあったようですが、駅でなく
中途半端な駅間にあるという事は、ココが
その「丁度2万キロ」の地点なのでしょう。
私らの世代は昔から「チャレンジ2000km」
とかの刷り込みでしょうが国鉄の営業キロは
全部で大体2万キロという感覚だったので、
何となくソレが懐かしくて、コレまた何となく
ですが、一度行ってみたい場所でした。
「ココに来るにはレンタカー一択だろう」というのも以前からの算段です。
石碑の大きさとしては小さなモノ…スーパーマーケットの買い物カゴを
伏せたような大きさかな?碑文を拡大すると右のような感じです。
裏面は風化が激しいので読みにくい
ですが、レールの断面のデザインと
ソノ下は各種サイトの古い写真から
見て「20000」と書かれてるようです。
…単純に「営業キロが2万キロにも
達した」というのは、ソノ規模の大きさ
だけを考えると、あたかもスゴい偉業
のように感じますが、果たしてソレは
ホントにめでたい事だったのか?
…現代の鉄ヲタの感覚からすると、些か疑問でもありますよね。
全てを国鉄が独自に開通させた2万キロではなく、地方の私鉄を強引
に買収した区間もあっただろうし、規模が大きくなりすぎたツケが後世に
回って、赤字も大きくなった。
またコノ頃から鉄建公団が、採算見込みのないローカル線を作りまくり、
コレまた後世にツケを回す結果となった…。
色々と考えるとキリがナイのですが、取り敢えずは見たかったモノが
見れて満足した瞬間でもありました。…相変わらずイイお天気ですし。
再びレンタカーに乗り、次の目的地である加計駅跡地を目指します。
付記すると、記念碑のあった位置からすぐの築堤が左の感じ。線路は
ありませんが、単線の鉄道用地であった雰囲気がそのまま残ってます。
そしてソノ築堤の続きで国道と太田川を跨ぐカナリ長めのガーター橋が、
コレまたそのまま残ってました。
…恐らく現役当時は、撮り鉄スポットでもあった事でしょう。
その国道を暫く行くと、道路脇にドライブイン的なお店を発見。
「ぷらっとホームつなみ」とありますね。…プラットホームですと?
慌ててモバイルで調べてみるに、ココも津浪駅という駅の跡地だそうで、
ノーマークでしたが面白そうなので寄り道してみました。
駐車場には駅名表と、線路があった(らしい)位置にペイントで模様が
描いてあります。…こういうモノを偶然に見つけた時の嬉しさってもう!
お店に入って、店主らしきおじさん
にハナシを聞いてみました。
位置はコノ通りであるものの、建物
は元の駅舎とは違うし、線路は国道
より一段低い場所にあったので、
土地を嵩上げしてあるそうです。
…昼食時ではありましたが、ちょっと
先を急ぐのでお土産だけ買って出発。
現代ではソノ存在すら稀になったドライブインが、駅の跡地に新しく
作られてるというのが、ホントに珍しくて楽しいハナシだと思います。
…もっと時間があれば良かったな。
レンタカーは国道を更に加計方面へ…草に埋もれて分かりにくいけど
ガードレールの外側が可部線の線路跡なんです。
…時々、警笛の標識やら信号機の柱だけが残ってるのに出会いますが、
大きなモノでは、やはり鉄橋の遺構などが見れました。
…広島方面から、色々なネタ施設を
経由して、いよいよ目的地の加計駅
跡地にやってきました。
現在の行政区画は安芸太田町です。
イメージとしては、駅の大部分の施設
と例のアレが保存されてて、駐車場は
ドコか近くで探す感じだったんですが…
何か思ってたのと違うぞ。ソノ駐車場
が矢鱈と広いじゃないですか。
…ココが加計駅の跡地な事には間違いナイと思うのですが、敷地の
殆どが駐車場になっており、端っこに「太田川交流館かけはし」という
観光案内施設が建ってました。
…じゃあ駅はドコなんでしょう?
見た感じ、コレが残ってる程度かな。
駐車場の真ん中に、島式ホームの
一部と思しき構造物がありました。
ベンチが置いてあるので、東屋の
ような感じで皆さんの休憩スペース
と化してるようですね。
実際の所もう少し大規模な残り方を
想像してましたが、ちょっと寂しくない?
…一応、屋根には停止目標やら中継信号機なども残ってますね。
という事で、何もナイ平日に来たらコレだけしか見れない所でしたが、
先程の画像から見ても、矢鱈と賑わってるのが分かると思います。
この日(6月4日)と前日は、近くにある吉水園という有名な庭園の公開日
に合わせて、加計駅跡地に保存されてるキハ28も復活運転を行う。
…ソレに伴って、地域の皆さんが名物の屋台を出したりして、とにかく
お祭りのようなイベントに当たってるワケなんですよ。
なので時系列としては、続いてキハ28 2394の動態保存運転の報告へと
繋がります。
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