廃線跡を探る旅 #019
The trip for abolished railroads #019

 鉄 道 会 社  路 線 名  廃止年月  調 査 区 間  訪問年月
紀州鉄道
1989/04
西御坊→日高川
2018/03
かつて「日本最短距離の私鉄」だった紀州鉄道の末端区間の廃線跡を探る旅。新しく飲食店としてオープンしたキハ603号保存車と併せて探ってきました。 




2018年3月の事、久し振りに紀州鉄道を探りに行ってきました。

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かつての同社の主力車両だったキハ603号静態保存車として地元、
紀伊御坊駅前の商店街
に譲渡され、飲食店のテナントが入って営業を
始めるという話を聞いて ましたので、ソレを見てみたかったのです。

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本線の線路に沿う恰好で車両が置かれ、ソノ前の三角形の土地が広場
になっています。…前の道路の右側は、すぐ踏切です。
キレイに塗装が直され車両の簡単な説明書きも設けられていました。

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お弁当屋さんたこ焼き屋さんテナントとして入ってるんでよ。

私が
紀州鉄道始めて乗ったのは中学3年生の時。…1987年の事なの
ですが、当時
現役だったキハ603号引退後人気が高く木村イベント
でも見せて頂いた想い出深い車両です。


20180322d.jpg…現状では雨ざらしのようなので、出来れば
塗装を維持出来る屋根が欲しい所ですが。

コノ後は久し振りに終点の西御坊駅を見て、
更には廃線跡でも探りに行く事にしましょう。

紀州鉄道全線1閉塞1時間毎運転
なので、食事と取材を終えた時点ではダイヤ
的に些か中途半端

ココから終点までは営業キロにして0.9km
道路を歩いても大した差はナイでしょう。
食後の運動も兼ねて歩きますかね。

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…という事で少し歩くアッサリ到着してしまいました。相変わらず、
潰れかけの雑貨屋か何かと見間違えそうな駅ではありますが。

先着していた列車折り返し待ちの状態。こんな駅にも運転士さんの
休憩部屋だけは存在するようです。

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「日本一短いローカル私鉄」か。営業キロでは千葉県の芝山鉄道
(2.2km)最短記録持っ行ってしまいしたが、会社の規模や雰囲気
などを考えると、やはり私も「こっちが一番」のイメージですよ。

しかしココは建物が必ずしも水平垂直でナイので、長く居ると平衡感覚
が狂うような気がするんですよね。

…相変わらず崩れかけ…ぃゃレトロで趣きのある駅舎ですが、ココにも
駅ノートが設置されております。

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ちゃんと調べたワケではありませんが、最近はもぅ駅弁販売駅より多い
でしょ。時刻表[emoji]みたいなマークあれば面白いのにと思います。

播磨下里駅に出入りするようになって、色んな「駅ノート絵師」さん
たち
と知り合う事が出来ました。よく知ってる方の作品を見つけるのは、
やはり楽しいモノがありますね。ぇ、お前も描け?

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ソレはまた半永久的に今後の課題という事にしまして、今日はココから
廃線跡を歩いてみる事にしましょう。

元々はココから営業キロにして0.7km先日高川駅まで線路が続いて
おり、私が中学生時分に来た時にはソレが現役の路線でした。

Googleマップにも「日出紡績前駅跡」「日高川駅跡」として、名所旧跡
「∴」記号が付いております。

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木村イベント前の待ち時間に、まさゆきさんナム先生と歩いたような
記憶があるのですが、ソノ時はイベントがメイン全く記録してなかった
ように思うので、当時を思い出しつつ歩いてみる事にします。

…あれから6年。ソレなりに遺構は残ってますが、雑草は増えましたね。

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当時も今も共通の印象ですが、恐らくは今も紀州鉄道の所有地では
あるものの、地元の皆さん裏路地として使ってると言うか、洗濯物
やら植木鉢やら、明らかに民家の私物なモノが多く置いてあります。
…もしかしたら子供たちの遊び場になってるかも知れませんね。

右は踏切の跡だと思われる鉄柵の遺物です。この付近が地図にある
日出紡績前駅
の跡地ですが、資料によると1941年廃止されたそうな。

少し手前から西方もう1本の貨物線もあったらしいのですが、景色が
大きく変わっており、現在ではよく分からない状況ですね。
 
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レールの他に腕木信号機踏切の警報機など残ってて、廃線跡として
小道具は揃ってる感じでした。

…先述の通り、土地の所有者紀州鉄道のまま(本業は不動産屋)だ
として、本社が東京だから目が届かないという状況か、地元の皆さん
散歩道と化してるイメージでした。

平日の昼間から、謎のおじさんが座ってたりしますし(左)。

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廃線から20年近くが経ち、遺物などもイイ具合にヤツレてきました。
…一応「使用中止」とは書いてありますが、現役のモノ間違う人も
居ないでしょう。
こういうプレートは、裏返すと「踏切注意」とか何とか、通常使用時の
文字が入ってるもんなんですが、錆びてて動きませんでしたよ。

そして腕木信号機近くにあったという事は、間もなく駅だという事で、
すぐに元の終点だった日高川駅の跡地が出てきます。

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分岐器部分を含む何本かのレールと、駅ホームの跡が残ってました。
私が来た現役時代は、まだ木造の駅舎があって列車の折り返し時間
運転士さんと車掌さん駅に入って出札業務もしてましたね。

元々ココには製紙工場があり、国鉄と連絡しての貨物輸送で紙の原料
となる木材チップを運ぶという需要があったんですよ。

紀州鉄道でもL型小型ディーゼル機関車を所有しており、トラ程度
のサイズの無蓋車金網で嵩上げしたやつ…分かる?)を牽引しての
貨物列車が走ってたそうな。

1984年合理化で、国鉄の貨物列車はコンテナ輸送などの一括方式
のみになってしまい、上記のような小さな貨車を混結しての貨物列車
廃止されます。

貨物輸送収入の大部分を頼ってた筈なのに、その煽りを食らって
一気に経営が悪化した中小私鉄は、ココだけではナイ筈ですわ。

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行き止まりから土手を越えた所が、この地区随一の大河である
日高川です。…案珍清姫伝説道成寺なんかも近いのかな?

国道大きなトラス橋と並行して、小さな古い橋脚が残ってました。
コレが紀州鉄道の延長線上にあるので、廃線跡の続きに見えない事も
ナイのですが流石にそんな史実はなく国道橋梁跡だと思われます。

新しく開店したキハ603号のお店と、再確認出来た廃線跡と、小規模
ながら充実した紀州鉄道の旅でした。



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